今日は、いよいよ手すりを台紙から切り離します。
下の写真は四本のバーをつけ終わったところ。拡大すると所々に間隔の狭い部分と広い部分ができてしまっていますが、これくらいはご愛嬌ということでお許しあれ。
下の写真は、台紙から切り離したところ。無事に取り出せました。縦の支柱が台紙とくっついていましたのでそれを切り離せばとれますが、切るというよりは、ナイフを上から押し付けて潰して切断するという感じの方がうまくいきます。ナイフを横に動かして切ろうとすると、どうしても横への力が働いて支柱が曲がってしまいます。
上の写真では、この柵のトップのウッドが載る部分を紙で残してあります。この部分を褐色に塗ってウッドの感じで仕上げようと考えていたのですが、これを水平に折り曲げるのは難しそうですので、とりあえず切り離してみました(下の写真)。
バー四本で繋がっていますので、下の写真をご覧になればわかるようにかなり頑丈です。片持ちでも、コーティングした糸の弾力のお陰で形状は安定したままです。
はい、最後は木工用ボンドで本体に接着しました。化学糊でも付きますが、こういう部材は糊が乾いたときに修正しようとすると、化学糊だと力を加えるとはがれてしまうことがありますので、木工用ボンドの方が重宝します。
さて課題はトップのウッド部分なのですがどうしましょうか。紙の細い帯を作って着色した上で接着というのも良いのですが、それだと曲線部はかなり難しくなりそうです。
もう一つの案としては、少し太めの糸を木工用ボンドでコーティングして着色後にトップに載せるというやり方。コーティングした上からだと着色がうまくいくかどうか不安があります。
鋭意製作中
8月に入りましたまだ完成していません。
今月こそ完成へ!
2011年11月29日火曜日
2011年11月21日月曜日
NDL Potsdam (46) - 作業再再開 - 手すり2
造船所が廃業していないことを示すために、昨日に引き続き、またこんな細かい途中工程をご覧に入れることにしました。
機能の手すり(柵)の二本目の横バーです。昨日は一挙に糊付けしましたが、今回は支柱5本くらいずつ糊付けして、それを繰り返すことで全体を接着しました。
二本目接着後の写真です。
部分的な作業を繰り返すと、バーの直線性が損なわれるかなと心配したのですが、そんなことはありませんでした。糊が乾いて硬直する前に糸を載せますので、安定性はこちらのやり方の方が高いのではないかと思います。
まだあと二本接着しなければなりません。
機能の手すり(柵)の二本目の横バーです。昨日は一挙に糊付けしましたが、今回は支柱5本くらいずつ糊付けして、それを繰り返すことで全体を接着しました。
二本目接着後の写真です。
部分的な作業を繰り返すと、バーの直線性が損なわれるかなと心配したのですが、そんなことはありませんでした。糊が乾いて硬直する前に糸を載せますので、安定性はこちらのやり方の方が高いのではないかと思います。
まだあと二本接着しなければなりません。
2011年11月20日日曜日
NDL Potsdam (45) - 作業再再開 - 手すり
ふねきちさん、コメントへの回答、こちらに書きますよ。
はい、再再開しました。これからこの「再」の字がいくつ付くんでしょうね。船が完成する頃には、ブログはほとんどこの字だけで埋まっていたりして。
あるいは、何回再開しても、それはやはり「再開」であって、そもそも「再再開」などというのはおかしいのでしょうか。
そんなことはどうでもいいことですね。ふねきちさんに言われて急いで再開しましたので、まだ一つの部分ができる前の状態ですが、とりあえずご覧あれ。今日の作業は、手すりの一部です。下の写真を参照。
中央の部材で作業が進んでいて、手すりの支柱になる部分を残して間隙部を切り抜きました。そこにボンドをコーティングした糸を接着しました。これだけ大きな部分を接着するのは難しいですね。手際よくやらないと、最初に糊付けした部分が、最後に糊を置いた頃にはもう乾いてしまって、接着力を失っているということもあります。糊付けは面倒でも部分的にやって、それを繰り返した方が、結局は手間がかからず、しっかりと糸を接着できるかもしれません。
しかしこのシートだけでも何と手すりの部材が多いことか。
日が短くなってくると、こういう細かい仕事に挑戦する意欲が失われてきます。冬至まであと一ヶ月足らずですが、午後4時には大分暗くなっているし、そうでなくても北ヨーロッパの冬の空はべったりと低い雲が地上の人間世界を圧迫していますので、一層仕事の意欲が奪われます。
ふねきちさんは、ヨーロッパの夜をご存知ですか。夜が暗いというのは、夏の白夜でもない限り日本もドイツも変わりません。日本とドイツが違うのは、そのくらい夜を人工の灯で明るくしようとしないところでしょうか。レストラン、酒場はもちろん、街路や住宅だって、灯はあってもうすぼんやりとしていっこうに明るくありません。
ドイツに来たばかりの頃は、ゲルマン人は暗い森で生活していた時代が長かったから、暗いところに慣れていて明るい照明を必要としないのかな、と思っていたのですが、どうもそうばかりではないようです。夜というのは、暗いもので、その暗さを楽しむもの。暗いという自然に逆らって昼間のように明るくしてまで仕事や細かい作業をするなんていう不自然は許されないんでしょうね、この国では。
というわけで冬の間は、濃霧の中を行く船のごとく、進んだり止まったりですが、どうかお許しあれ。
ふねきちさんのブログは、作業の進捗如何に関わらず、拝見しています。神戸の明るい空が羨ましい。
はい、再再開しました。これからこの「再」の字がいくつ付くんでしょうね。船が完成する頃には、ブログはほとんどこの字だけで埋まっていたりして。
あるいは、何回再開しても、それはやはり「再開」であって、そもそも「再再開」などというのはおかしいのでしょうか。
そんなことはどうでもいいことですね。ふねきちさんに言われて急いで再開しましたので、まだ一つの部分ができる前の状態ですが、とりあえずご覧あれ。今日の作業は、手すりの一部です。下の写真を参照。
中央の部材で作業が進んでいて、手すりの支柱になる部分を残して間隙部を切り抜きました。そこにボンドをコーティングした糸を接着しました。これだけ大きな部分を接着するのは難しいですね。手際よくやらないと、最初に糊付けした部分が、最後に糊を置いた頃にはもう乾いてしまって、接着力を失っているということもあります。糊付けは面倒でも部分的にやって、それを繰り返した方が、結局は手間がかからず、しっかりと糸を接着できるかもしれません。
しかしこのシートだけでも何と手すりの部材が多いことか。
日が短くなってくると、こういう細かい仕事に挑戦する意欲が失われてきます。冬至まであと一ヶ月足らずですが、午後4時には大分暗くなっているし、そうでなくても北ヨーロッパの冬の空はべったりと低い雲が地上の人間世界を圧迫していますので、一層仕事の意欲が奪われます。
ふねきちさんは、ヨーロッパの夜をご存知ですか。夜が暗いというのは、夏の白夜でもない限り日本もドイツも変わりません。日本とドイツが違うのは、そのくらい夜を人工の灯で明るくしようとしないところでしょうか。レストラン、酒場はもちろん、街路や住宅だって、灯はあってもうすぼんやりとしていっこうに明るくありません。
ドイツに来たばかりの頃は、ゲルマン人は暗い森で生活していた時代が長かったから、暗いところに慣れていて明るい照明を必要としないのかな、と思っていたのですが、どうもそうばかりではないようです。夜というのは、暗いもので、その暗さを楽しむもの。暗いという自然に逆らって昼間のように明るくしてまで仕事や細かい作業をするなんていう不自然は許されないんでしょうね、この国では。
というわけで冬の間は、濃霧の中を行く船のごとく、進んだり止まったりですが、どうかお許しあれ。
ふねきちさんのブログは、作業の進捗如何に関わらず、拝見しています。神戸の明るい空が羨ましい。
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NDL Potsdam,
造船所の四季
2011年10月3日月曜日
NDL Potsdam (44) - 作業再開
今日のドイツは10月3日「統一の日」でお休みでした。造船所は長い夏休みも過ぎ、ようやく作業を再開します。
デッキ上では細かい作業が続きますが、今日は手すりを作り、船に設置しました。
上の写真がその手すりですが、手すりは小さいものほど作りにくいですね。こんな小さなものは、支柱が両脇にあるだけなので、接着する部分も小さくかなり苦しい作業です。
そしてできた部材を設置しても、小ささ故に作業がすこぶる進捗したというようには見えませんので精神的にも辛いところ。
上の写真が上の手すりを設置したところですが、どこについているかわかりますか。操舵室のあるデッキとその後ろの一段低くなったデッキの境につきました。
しかしこうアップにして写真を撮るとあらが目立ちますね。歪んでしまった手すりも目立ちます。
無理に矯正しようとするとはがれてしまいますし、これで諦める他ないかもしれません。
一回限りの真剣勝負というときもありますね。
デッキ上では細かい作業が続きますが、今日は手すりを作り、船に設置しました。
上の写真がその手すりですが、手すりは小さいものほど作りにくいですね。こんな小さなものは、支柱が両脇にあるだけなので、接着する部分も小さくかなり苦しい作業です。
そしてできた部材を設置しても、小ささ故に作業がすこぶる進捗したというようには見えませんので精神的にも辛いところ。
上の写真が上の手すりを設置したところですが、どこについているかわかりますか。操舵室のあるデッキとその後ろの一段低くなったデッキの境につきました。
しかしこうアップにして写真を撮るとあらが目立ちますね。歪んでしまった手すりも目立ちます。
無理に矯正しようとするとはがれてしまいますし、これで諦める他ないかもしれません。
一回限りの真剣勝負というときもありますね。
2011年7月17日日曜日
NDL Potsdam (43) - 手すりの材料 - ボンドでコーティングするあの方法(2)
以前どこかで書きましたが、手すり用の材料の作り方を書きます。今回は、私の経験を踏まえて。
手すりの材料は、支柱には紙を使いますが、横のバーはボンドでコーティングした糸を使っています。
その作り方は、まず糸を湿らせ、下に錘を付けて吊るします。錘には大型のクリップを使っています。次に、手を水で濡らして指にボンドを載せ、糸を上から下へとゆっくりとボンドを塗りながら、なぞっていきます。
一度塗っただけでは何とも頼りなく、こんなんで横棒の強さが出るのかと思い、以前は二度三度コーティングを繰り返したのですが、乾いてくるとだまができてしまいます。またコーティングが厚いところ、薄いところができてしまって、均質なバーができません。ですから今は、ボンドを塗るのは一回の限りにしています。焦らずゆっくりと同じ早さで糸をなぞり、ボンドが糸に均質に載るようにするのがこつです。
このためボンドは、速乾性のものよりは通常タイプのものの方が、扱いやすいでしょう。
この作り方ですが、私は、大澤浩之『紙模型でみる日本郵船船舶史 1885-1982』(星雲社、2007年)で初めて知りました。大澤氏は有名なモデル製作者でため息の出るようなモデルを作ります。私ものこの方法で!と意気込んでやったのですが、方法を知っただけでは、できません。何度か試行錯誤をして自分なりの作り方を体得していきました。それでも、まだまだ未熟ですが。
あと、支柱ですが、これは糸ではなく紙を使っています。私は、キットに付いているラインが縦横に描かれた紙の縦のラインを利用して切り出しています。ラインの左右にナイフを入れ、支柱が台紙に残るようにして、不要な部分を取り除きます。そして横のラインを目印にしてコーティングした糸を貼っていきます。ですからバーが支柱よりも外側でなく内側に来るようにするには左右を逆にします。つまり左舷の支柱を右舷に、右舷のものを左舷に。船は左右対称なものが多いのですが、対称でないところもありますので、その部分だけは支柱の裏に糸を貼るラインを描き、表にあるラインは塗装で隠します。
支柱が紙一枚で弱いのではないかという心配がありますが、糸を接着するときの糊がしみこみますのでこれでかなり頑丈になり、250分の1のモデルなら強度的には問題ないようです。私はこの接着に化学糊を使用しています。これは透明で接着の目印になるラインが隠れないので都合が良いのですが、乾いてくると収縮するのか、支柱をそらせてしまいます。出来上がった手すりを本体に設置する前に修正していますが、設置後、時間の経過とともにどのような挙動をとるのかは、今後の観察結果を待つしかありません。
以下の写真は羅針儀デッキのフロントの手すりを作ったときの記録です。
まず支柱を残して、支柱間の部分を切り抜きます。
ラインに合わせて糸を貼っていきます。歪まないように左右をピンとのばすのがこつ。私はまず接続部に糊を置き、その上に糸を左右に多少引っ張りながら載せていきます。250分の1のモデルだと間隔1 mmで平行になるようなものが多いのですが、このフロント用のものは、それよりもやや間隔が大きく1.67 mmです。つまり5 mmに3本。
糸を貼ったものを台紙から取り出しました。トップのバーは、支柱の上に載せますので、切り出した後に設置します。こちらは木工用ボンドで接着です。
糸は1本だけでは、ちょっと頼りないのですが、2本、3本と平行に並ぶとかなり安定します。
フロントの手すりが完成したところです。できた後、直角に曲げたのですが、むしろ切ってから直角に接着した方がきれいにできたかもしれません。力で曲げたのではきれいな直角ができません。
手すりの材料は、支柱には紙を使いますが、横のバーはボンドでコーティングした糸を使っています。
その作り方は、まず糸を湿らせ、下に錘を付けて吊るします。錘には大型のクリップを使っています。次に、手を水で濡らして指にボンドを載せ、糸を上から下へとゆっくりとボンドを塗りながら、なぞっていきます。
一度塗っただけでは何とも頼りなく、こんなんで横棒の強さが出るのかと思い、以前は二度三度コーティングを繰り返したのですが、乾いてくるとだまができてしまいます。またコーティングが厚いところ、薄いところができてしまって、均質なバーができません。ですから今は、ボンドを塗るのは一回の限りにしています。焦らずゆっくりと同じ早さで糸をなぞり、ボンドが糸に均質に載るようにするのがこつです。
このためボンドは、速乾性のものよりは通常タイプのものの方が、扱いやすいでしょう。
この作り方ですが、私は、大澤浩之『紙模型でみる日本郵船船舶史 1885-1982』(星雲社、2007年)で初めて知りました。大澤氏は有名なモデル製作者でため息の出るようなモデルを作ります。私ものこの方法で!と意気込んでやったのですが、方法を知っただけでは、できません。何度か試行錯誤をして自分なりの作り方を体得していきました。それでも、まだまだ未熟ですが。
あと、支柱ですが、これは糸ではなく紙を使っています。私は、キットに付いているラインが縦横に描かれた紙の縦のラインを利用して切り出しています。ラインの左右にナイフを入れ、支柱が台紙に残るようにして、不要な部分を取り除きます。そして横のラインを目印にしてコーティングした糸を貼っていきます。ですからバーが支柱よりも外側でなく内側に来るようにするには左右を逆にします。つまり左舷の支柱を右舷に、右舷のものを左舷に。船は左右対称なものが多いのですが、対称でないところもありますので、その部分だけは支柱の裏に糸を貼るラインを描き、表にあるラインは塗装で隠します。
支柱が紙一枚で弱いのではないかという心配がありますが、糸を接着するときの糊がしみこみますのでこれでかなり頑丈になり、250分の1のモデルなら強度的には問題ないようです。私はこの接着に化学糊を使用しています。これは透明で接着の目印になるラインが隠れないので都合が良いのですが、乾いてくると収縮するのか、支柱をそらせてしまいます。出来上がった手すりを本体に設置する前に修正していますが、設置後、時間の経過とともにどのような挙動をとるのかは、今後の観察結果を待つしかありません。
以下の写真は羅針儀デッキのフロントの手すりを作ったときの記録です。
まず支柱を残して、支柱間の部分を切り抜きます。
ラインに合わせて糸を貼っていきます。歪まないように左右をピンとのばすのがこつ。私はまず接続部に糊を置き、その上に糸を左右に多少引っ張りながら載せていきます。250分の1のモデルだと間隔1 mmで平行になるようなものが多いのですが、このフロント用のものは、それよりもやや間隔が大きく1.67 mmです。つまり5 mmに3本。
糸を貼ったものを台紙から取り出しました。トップのバーは、支柱の上に載せますので、切り出した後に設置します。こちらは木工用ボンドで接着です。
糸は1本だけでは、ちょっと頼りないのですが、2本、3本と平行に並ぶとかなり安定します。
フロントの手すりが完成したところです。できた後、直角に曲げたのですが、むしろ切ってから直角に接着した方がきれいにできたかもしれません。力で曲げたのではきれいな直角ができません。
ラベル:
NDL Potsdam,
工法
2011年7月15日金曜日
NDL Potsdam (42) - 羅針儀/サンデッキ完成
艤装は、上のデッキから順番に済ませることにしました。上のデッキは船の中心にありますので、下のデッキに細かい部品が先に付いていると、それらを壊してしまいそうですので、このような順番になりました。
まずは最上階の羅針儀デッキとその後方にある半層分低くなったサンデッキの艤装を行います。
予め手すりを作っておきます。横棒はボンドでコーティングしたミシン糸。縦の支柱は紙です。キットの手すりは、紙に縦横の黒いラインが描かれた紙の板ですのでそれを利用して支柱を切り出し、糸を設置していきます。
下の写真は、コンパスデッキの一番前の手すりで、他よりは少し間隔が粗いのですが、前方と両サイドを一直線に作ってから角を90°に曲げました。糸は適度な強さがありますので、カーブを作るのは容易なのですが、直角に曲げるのはなかなか難しい。一度切り離してから直角に接合した方がきれいにできたかもしれません。
細かな部品は、空調の装置の他、コンパスとベンチ。なかなかきれいにはできませんが、400分の1だったStefan Batoryに比べれば、組み立てているという感じ。前作は、ベンチに至っては、もう紙を潰しているような感じでした。
コンパスデッキの後ろは、サンデッキです。大西洋航路の船だとここには温室が作られていることが多いですね。冬園という意味のWintergartenやソラリウムと呼ばれることがありますが。
この船は、大西洋航路ではなく、熱暑のインド洋を横断しますので、温室は不要ということなのか、そのような設備はありません。コンパスデッキと煙突の後ろにはベンチがおいてありますので、乗客がここまで登ってこられるものと思われますが、サンデッキは風が吹き抜ける手すりで囲まれただけのオープンデッキになっています。
手すりの付けられたデッキを前方から見たところですが、無表情だったフロントに、手すりが付いたことで表情ができてきました。
次の二枚の写真は、後方から手すりの付いたデッキをみたところです。煙突の後ろに4つベンチが置かれています。テラス上になった下の甲板を見下ろすのはどんな気分だったでしょうね。直ぐ下にはプールもあります。
手すりが付いたのはまだたったこれだけ。艤装と手すりの設置、気が遠くなりそうです。
大西洋航路の船と違って、東アジア航路の船はハウスが短く、オープンなところが多いので、それだけ手すり作りも多くなります。
歩むような緩慢さですが、自分の足(手)で進まなければ旅は終わりません。水戸黄門のテーマソング「人生に涙あり」でも歌いながらこつこつ作っていきます。
2011年7月10日日曜日
NDL Potsdam (41) - 「魚雷型超快速船」
船を造りながらいろいろと資料を探しています。画像資料は製作に役に立ちますが、文字の資料にも興味深いものが散見されます。
例えば神戸大学附属図書館がデジタル化した東京日々新聞の1934年(昭和9年)12月6日の記事はシャルンホルスト、グナイゼナウ、ポツダム就航の背景と日本の競合社、日本郵船汽船の反応が伺われ面白い。
その三隻の高速性能のことを紹介した記事では、上海 - ハンブルク間がこれまでの36日から24日にもなるほど高速だとのこと。現在の速度とは比べられませんが、低速と言えどもこれまでの極東アジアと西ヨーロッパを結ぶ航路の所要日数が3分の1も短くなるというのは尋常でありませんね。
それらの船を「魚雷型超快速船」と記事は紹介していますが、当時この記事を読んだ人はどんなおどろおどろしい船の形を想像したんでしょう。しかし「魚雷型」というのは水面上の形よりは、水面下の形のことでしょうね。おそらく球状船首の採用を言っているんでしょう。ただシャルンホルストとグナイゼナウは費用を理由として球状船首を放棄しましたので、実際には「魚雷型」はポツダムだけとなってしまいましたが。
記事は乗り物の高速化を流線型の採用と関連させて書いていますが、当時、乗り物の流線型は船に限らず世界的な流行で、日本でも流線型の機関車C53(1934年)、C55(1936年)、EF55(1936年)が造られています。
ポツダム号が建造されたのもそんな時代だったんですね。日本の鉄道では流線型はあまり高速化には貢献しなかったということですが、ポツダム号の場合、水面下の流線型は高速化に大いに貢献したようです。
現代の空の旅は、コンコルドも引退してしまいましたので、高速化は頭打ちです。ベルリンから東京までは、接続がかなりうまくいった場合で13時間、普通は15から16時間は覚悟しないといけません。日本を昼に発つ便ですと中継地点となるハブ空港までの最後の二時間くらいが辛く、乗り換え後はさらにきつい。直行便に乗れればかなり楽になりますが、現在ベルリンと東京の間には直行便はありません。今年度末からBoeing 787の各航空会社への納品が始まるそうですので、直行便の開設に期待しましょう。全日空、日本航空、そしてドイツ第二位の航空会社に成長したAir Berlinもこの機材を発注しています。燃費が良く中型の機材は、需要の少ない長距離路線でも採算の取れる運航が可能とのこと。ベルリン - 東京便の開設成るか?
例えば神戸大学附属図書館がデジタル化した東京日々新聞の1934年(昭和9年)12月6日の記事はシャルンホルスト、グナイゼナウ、ポツダム就航の背景と日本の競合社、日本郵船汽船の反応が伺われ面白い。
その三隻の高速性能のことを紹介した記事では、上海 - ハンブルク間がこれまでの36日から24日にもなるほど高速だとのこと。現在の速度とは比べられませんが、低速と言えどもこれまでの極東アジアと西ヨーロッパを結ぶ航路の所要日数が3分の1も短くなるというのは尋常でありませんね。
それらの船を「魚雷型超快速船」と記事は紹介していますが、当時この記事を読んだ人はどんなおどろおどろしい船の形を想像したんでしょう。しかし「魚雷型」というのは水面上の形よりは、水面下の形のことでしょうね。おそらく球状船首の採用を言っているんでしょう。ただシャルンホルストとグナイゼナウは費用を理由として球状船首を放棄しましたので、実際には「魚雷型」はポツダムだけとなってしまいましたが。
記事は乗り物の高速化を流線型の採用と関連させて書いていますが、当時、乗り物の流線型は船に限らず世界的な流行で、日本でも流線型の機関車C53(1934年)、C55(1936年)、EF55(1936年)が造られています。
ポツダム号が建造されたのもそんな時代だったんですね。日本の鉄道では流線型はあまり高速化には貢献しなかったということですが、ポツダム号の場合、水面下の流線型は高速化に大いに貢献したようです。
現代の空の旅は、コンコルドも引退してしまいましたので、高速化は頭打ちです。ベルリンから東京までは、接続がかなりうまくいった場合で13時間、普通は15から16時間は覚悟しないといけません。日本を昼に発つ便ですと中継地点となるハブ空港までの最後の二時間くらいが辛く、乗り換え後はさらにきつい。直行便に乗れればかなり楽になりますが、現在ベルリンと東京の間には直行便はありません。今年度末からBoeing 787の各航空会社への納品が始まるそうですので、直行便の開設に期待しましょう。全日空、日本航空、そしてドイツ第二位の航空会社に成長したAir Berlinもこの機材を発注しています。燃費が良く中型の機材は、需要の少ない長距離路線でも採算の取れる運航が可能とのこと。ベルリン - 東京便の開設成るか?
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