鋭意製作中

8月に入りましたまだ完成していません。
今月こそ完成へ!

2011年7月17日日曜日

NDL Potsdam (43) - 手すりの材料 - ボンドでコーティングするあの方法(2)

以前どこかで書きましたが、手すり用の材料の作り方を書きます。今回は、私の経験を踏まえて。

手すりの材料は、支柱には紙を使いますが、横のバーはボンドでコーティングした糸を使っています。

その作り方は、まず糸を湿らせ、下に錘を付けて吊るします。錘には大型のクリップを使っています。次に、手を水で濡らして指にボンドを載せ、糸を上から下へとゆっくりとボンドを塗りながら、なぞっていきます。

一度塗っただけでは何とも頼りなく、こんなんで横棒の強さが出るのかと思い、以前は二度三度コーティングを繰り返したのですが、乾いてくるとだまができてしまいます。またコーティングが厚いところ、薄いところができてしまって、均質なバーができません。ですから今は、ボンドを塗るのは一回の限りにしています。焦らずゆっくりと同じ早さで糸をなぞり、ボンドが糸に均質に載るようにするのがこつです。

このためボンドは、速乾性のものよりは通常タイプのものの方が、扱いやすいでしょう。

この作り方ですが、私は、大澤浩之『紙模型でみる日本郵船船舶史 1885-1982』(星雲社、2007年)で初めて知りました。大澤氏は有名なモデル製作者でため息の出るようなモデルを作ります。私ものこの方法で!と意気込んでやったのですが、方法を知っただけでは、できません。何度か試行錯誤をして自分なりの作り方を体得していきました。それでも、まだまだ未熟ですが。


あと、支柱ですが、これは糸ではなく紙を使っています。私は、キットに付いているラインが縦横に描かれた紙の縦のラインを利用して切り出しています。ラインの左右にナイフを入れ、支柱が台紙に残るようにして、不要な部分を取り除きます。そして横のラインを目印にしてコーティングした糸を貼っていきます。ですからバーが支柱よりも外側でなく内側に来るようにするには左右を逆にします。つまり左舷の支柱を右舷に、右舷のものを左舷に。船は左右対称なものが多いのですが、対称でないところもありますので、その部分だけは支柱の裏に糸を貼るラインを描き、表にあるラインは塗装で隠します。


支柱が紙一枚で弱いのではないかという心配がありますが、糸を接着するときの糊がしみこみますのでこれでかなり頑丈になり、250分の1のモデルなら強度的には問題ないようです。私はこの接着に化学糊を使用しています。これは透明で接着の目印になるラインが隠れないので都合が良いのですが、乾いてくると収縮するのか、支柱をそらせてしまいます。出来上がった手すりを本体に設置する前に修正していますが、設置後、時間の経過とともにどのような挙動をとるのかは、今後の観察結果を待つしかありません。


以下の写真は羅針儀デッキのフロントの手すりを作ったときの記録です。

まず支柱を残して、支柱間の部分を切り抜きます。



ラインに合わせて糸を貼っていきます。歪まないように左右をピンとのばすのがこつ。私はまず接続部に糊を置き、その上に糸を左右に多少引っ張りながら載せていきます。250分の1のモデルだと間隔1 mmで平行になるようなものが多いのですが、このフロント用のものは、それよりもやや間隔が大きく1.67 mmです。つまり5 mmに3本。



糸を貼ったものを台紙から取り出しました。トップのバーは、支柱の上に載せますので、切り出した後に設置します。こちらは木工用ボンドで接着です。
糸は1本だけでは、ちょっと頼りないのですが、2本、3本と平行に並ぶとかなり安定します。



フロントの手すりが完成したところです。できた後、直角に曲げたのですが、むしろ切ってから直角に接着した方がきれいにできたかもしれません。力で曲げたのではきれいな直角ができません。

2011年7月15日金曜日

NDL Potsdam (42) - 羅針儀/サンデッキ完成

艤装は、上のデッキから順番に済ませることにしました。上のデッキは船の中心にありますので、下のデッキに細かい部品が先に付いていると、それらを壊してしまいそうですので、このような順番になりました。

まずは最上階の羅針儀デッキとその後方にある半層分低くなったサンデッキの艤装を行います。

予め手すりを作っておきます。横棒はボンドでコーティングしたミシン糸。縦の支柱は紙です。キットの手すりは、紙に縦横の黒いラインが描かれた紙の板ですのでそれを利用して支柱を切り出し、糸を設置していきます。

下の写真は、コンパスデッキの一番前の手すりで、他よりは少し間隔が粗いのですが、前方と両サイドを一直線に作ってから角を90°に曲げました。糸は適度な強さがありますので、カーブを作るのは容易なのですが、直角に曲げるのはなかなか難しい。一度切り離してから直角に接合した方がきれいにできたかもしれません。



細かな部品は、空調の装置の他、コンパスとベンチ。なかなかきれいにはできませんが、400分の1だったStefan Batoryに比べれば、組み立てているという感じ。前作は、ベンチに至っては、もう紙を潰しているような感じでした。


コンパスデッキの後ろは、サンデッキです。大西洋航路の船だとここには温室が作られていることが多いですね。冬園という意味のWintergartenやソラリウムと呼ばれることがありますが。

この船は、大西洋航路ではなく、熱暑のインド洋を横断しますので、温室は不要ということなのか、そのような設備はありません。コンパスデッキと煙突の後ろにはベンチがおいてありますので、乗客がここまで登ってこられるものと思われますが、サンデッキは風が吹き抜ける手すりで囲まれただけのオープンデッキになっています。


手すりの付けられたデッキを前方から見たところですが、無表情だったフロントに、手すりが付いたことで表情ができてきました。


次の二枚の写真は、後方から手すりの付いたデッキをみたところです。煙突の後ろに4つベンチが置かれています。テラス上になった下の甲板を見下ろすのはどんな気分だったでしょうね。直ぐ下にはプールもあります。



手すりが付いたのはまだたったこれだけ。艤装と手すりの設置、気が遠くなりそうです。
大西洋航路の船と違って、東アジア航路の船はハウスが短く、オープンなところが多いので、それだけ手すり作りも多くなります。

歩むような緩慢さですが、自分の足(手)で進まなければ旅は終わりません。水戸黄門のテーマソング「人生に涙あり」でも歌いながらこつこつ作っていきます。

2011年7月10日日曜日

NDL Potsdam (41) - 「魚雷型超快速船」

船を造りながらいろいろと資料を探しています。画像資料は製作に役に立ちますが、文字の資料にも興味深いものが散見されます。

例えば神戸大学附属図書館がデジタル化した東京日々新聞の1934年(昭和9年)12月6日の記事はシャルンホルスト、グナイゼナウ、ポツダム就航の背景と日本の競合社、日本郵船汽船の反応が伺われ面白い。

その三隻の高速性能のことを紹介した記事では、上海 - ハンブルク間がこれまでの36日から24日にもなるほど高速だとのこと。現在の速度とは比べられませんが、低速と言えどもこれまでの極東アジアと西ヨーロッパを結ぶ航路の所要日数が3分の1も短くなるというのは尋常でありませんね。

それらの船を「魚雷型超快速船」と記事は紹介していますが、当時この記事を読んだ人はどんなおどろおどろしい船の形を想像したんでしょう。しかし「魚雷型」というのは水面上の形よりは、水面下の形のことでしょうね。おそらく球状船首の採用を言っているんでしょう。ただシャルンホルストとグナイゼナウは費用を理由として球状船首を放棄しましたので、実際には「魚雷型」はポツダムだけとなってしまいましたが。

記事は乗り物の高速化を流線型の採用と関連させて書いていますが、当時、乗り物の流線型は船に限らず世界的な流行で、日本でも流線型の機関車C53(1934年)、C55(1936年)、EF55(1936年)が造られています。

ポツダム号が建造されたのもそんな時代だったんですね。日本の鉄道では流線型はあまり高速化には貢献しなかったということですが、ポツダム号の場合、水面下の流線型は高速化に大いに貢献したようです。

現代の空の旅は、コンコルドも引退してしまいましたので、高速化は頭打ちです。ベルリンから東京までは、接続がかなりうまくいった場合で13時間、普通は15から16時間は覚悟しないといけません。日本を昼に発つ便ですと中継地点となるハブ空港までの最後の二時間くらいが辛く、乗り換え後はさらにきつい。直行便に乗れればかなり楽になりますが、現在ベルリンと東京の間には直行便はありません。今年度末からBoeing 787の各航空会社への納品が始まるそうですので、直行便の開設に期待しましょう。全日空、日本航空、そしてドイツ第二位の航空会社に成長したAir Berlinもこの機材を発注しています。燃費が良く中型の機材は、需要の少ない長距離路線でも採算の取れる運航が可能とのこと。ベルリン - 東京便の開設成るか?

2011年7月8日金曜日

NDL Potsdam (40) - ファンネル脇のベンチレーター

今回の艤装部品は、ファンネル脇についてるベンチレーターです。艤装品としては大きな部類ですが形が複雑なので工作は結構めんどうです。


まずは、型紙をご覧に入れますが、こんな形です。面倒なのは、この型では紙の厚みを考慮せずにアウトラインを印刷していあること。そのまま切り出すと厚みの分だけ狂ってきますので、どこで調整するかを考えて切り出します。なるべく形の単純な部分で調整するのが賢明ですね。例えば直線部分とか。



組み立てるとカタツムリのようになります。突起部分はモーターが入るところですが、塗装でアウトラインや紙の白を消しておきます。



ファンネルの脇に設置するとこのようになります。これはエンジンへの吸気用のベンチレーターだと思われます。強制吸気ですね。こんなところもモダンな仕掛けになっています。




ところでこの複雑な形、カタツムリと表現しましたが、何かに似ていると思ったらバイオリンなど弦楽器の柄の頭に付いてる装飾にそっくり。カタツムリのことをドイツ語でSchnecke(シュネッケ)と言いますが、これは、まさにバイオリンやチェロなどの頭部の渦巻き装飾のことを表す単語でもあります。このベンチレーターは、機能から必然的にそんな形になったのでしょうか、それとも設計者が音楽好きで、設計のときに楽器の形が頭をよぎったのでしょうか。
無意識のうちに日頃見慣れたもののイメージを使っているということはありそうなことですね。下の写真は、近所の楽器工房のショーウィンドーです。ガラスに映った通りばかりがよく見えて、あまりいい写真ではありませんが。

2011年7月5日火曜日

NDL Potsdam (39) - コンパスデッキ上の換気口カバー類

艤装が始まりました。まずはコンパスデッキ上の工作です。

換気口のカバー(Lüftermantel)が主な工作物です。グランドピアノを縦にしたような形の物は、モーター付の強制換気装置です。排気でしょうか、吸気でしょうか。動力装置の入るハウジング(Motorengehäuse)まで再現されています。こんなふうに艤装ではたくさんの筒を作らなければなりません。紙をきれいに曲げる技術が問われます。円柱の底面になる円盤は、今回はハサミで丸く切ってみました。それよりはパンチで空けた穴のパンチ屑を使った方が効率的です。




これらを設置する前のコンパスデッキです。ドイツ語では、コンパスデッキと呼ばすに組み立て説明書の部材リストではPeildeckと表現されています。測定甲板とでも言うのでしょうか。羅針盤をはじめ、測定機器も付きます。
写真ではファンネルの黄色をちょっとレタッチしたところが目立ちますね。オリジナルの黄色は、少し赤みがかっていますが、私の使った塗料はレモン色に近いので違いが出てしまいました。オリジナルの黄色は、なんでしょうね。プラモデル用の塗料にルフトハンザイエローというのがありましたので、そちらの方がこの黄色に近いかな。



こちらは、部材を設置したところ。この写真は、明るさを修正していませんので黄色の違いがあまり目立ちません。肉眼で見るのに近いと思われますが、同じ色でも微妙に違いますので、塗装による修正は注意が必要ですね。


こんな細かい作業が延々と続きます。嫌でも気が長くなります。
気の短い人は、胃をやられそうです。精神修養には良いかもしれません。

2011年7月3日日曜日

NDL Potsdam (38) - ファンネル立つ

操舵室ができて船の正面からの表情が決まりました。そして今回はファンネルが立って船の横顔が確定します。

どうですか。ぐっと船の風格が出てきました。
前回のコメントに、北ドイツロイドのファンネルは素っ気ないという意見がありましたが、これだけシンプルだと逆に目立ちますね。
今やこの黄色は、ルフトハンザのロゴでは見られますが、ハパグロイドにはありません。このファンネルが、神戸や横浜の港に入ってきたとき、風景とどんなコントラストを構成していたのでしょうか。




次は、私の好きなアングルです。これもなかなか。




右舷全体です。ほら、やはりこのシンプルなファンネルは却って派手ですよ。宣伝効果は、ロゴを入れたりトリコロールにするよりも高いのではないでしょうか。



そして正面から。台にしたアイロン台の黄色が反射してしまってあまり良い写真ではないですね。夕日に向かって航行しているところとでも見てください。前作のStefan Batoryほどではないのですが、やはりどうしてもデッキは傾きますし、平坦にはなっていません。真っ直ぐ、垂直にファンネルを立てるのに、少しカバーを修正して接着しました。


ファンネルが立ったところで、進水式としましょうか。胴体ができて水が入らなければ、いつでも進水式はできるそうですが、ここまで出来てからというのはちょっと遅いですかね。

これから艤装が始まります。細かい部品は紙の厚みとの戦いです。